2014年12月21日

年末年始

2014年もいろいろなことがあったり、
または平穏な毎日だったり、
と人ぞれぞれにすぎていったことと思います。

どうぞみなさまの2015年がよい年でありますように。
心からお祈りもうしあげます。
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2014年12月01日

今年のイチョウ

ちょっと横入りで――イレギュラーにUP。
今年のイチョウ、綺麗でした。

いつもこんなに黄色になるとは限らないんですよね。
――わたしが行かない日になってるのかもしれないけど。

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2014年11月30日

今年の仕事

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職場Αにおけるわたしの仕事は2つ。
●基本コース(通ってる受講生さん向け)
●企業研修コース(そのときだけやってくる社会人さん向け)

基本コースは2児のママ先生と2人で担当。
進行役とフォロー役をコースごとに交代。

企業研修コースは1人で担当。
これまで、2人で分けていたこともあったし、3人で分けていた時代もあったし、
基本的に1人だけど、難しいコースを勇退した先生がやってくださる頃もあったし、
2児のママ先生と2人になってからは、1人です。

基本コースはほとんど変わらない内容だけど、
企業研修コースは世の中の変遷と共に、必要とされるものも変わってきます。
基本コースは基本だし、本格的な学習は専門に分かれてからするのです。
でも企業研修コースは、用意していてもやってきたら「こういうことを知りたい」と希望されることもあります。

基本コースは授業だけど、企業研修コースは少人数の個別対応型。
鬼が出るか蛇が出るか分からないし、逆に「えっ、そこから!?」という可能性も。

どっちも職場Αの中ではちっちゃな仕事。
ただわたしだけが、あくせくして、「やった!成功!」と思ったり、
「失敗かな、申し訳なかったな」とがっくりしたり。

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初めて職場Αに入った頃は、かなりド素人。
まだPCインストラクターになって半年経つか経たないかで、しかも副業だったんです。
当時のわたしは事務パートをしていて、夜間と土日(で仕事のある日)だけ、
町のパソコンスクールにアルバイト的に行ってました。

職場Αで働くようになって事務パートは辞めたので、
派遣でできるだけPCインストラクターの仕事を探しました。
ないときは単発の事務や雑務の仕事に応募して――

そうして見つけた職場Β、3週間の仕事だったけど、もう丸8年。

最初に職場Αの企業研修コースをしたときは、年はいってたけど、仕事はまだまだひよっ子。
必死で準備して、何日も何日もかけて課題などを用意して、割に合わないくらいでした。

でもやがて、そうしてため込んだ準備資料や課題をやりくりすれば、たいていまかなえるようになり、
1ヶ月も前からあれこれしなくても、なんとか乗り越えられるようになりました。

初期の頃に作った課題は、もう今では古すぎて廃棄。
PCの使い方も変わるし、誰もが当たり前に使える「レベル」もどんどん上昇。

でもそのつど追加や修正をすればよくて、ゼロから準備するわけではありません。

自分が時間的に、または体調的に余裕がなくても、それまでの資産でなんとかすることもできます。

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でも今年はちょっと違ったなぁ。

企業研修コースの山場はだいたい2回。
初夏から夏にかけて。真夏はちょっと間が空いて、そして秋。
冬と春はほとんどありません。(イレギュラーに開催される年もあるけど、たいていゼロ)

最初の山場、初夏から夏では――
  Excelはどの会社でもヘビーに使われているので、「基礎」のレベルが変わってきた。
  それに対応しないといけない & やっぱり本当に基礎の人もいる
  どんなレベルの人がどんな希望を持ってやってきてもいいように、課題を作り直そう。

  HTMLはすっかりHTML5の時代。やたらとタグも機能も増えた。
  それに対応した新しいテキストに変更 → ということは自分もまたゼロから準備
  新採用テキストは実習操作少なめだから、課題を作って対応 → で、ゼロから作成。

  VBA基礎はもう何回もやったので、だいぶ自分でも自信がついてきた。
  けど、「ここでこんな課題があったほうがいい」という人がいて、
  急きょ作成。全員に好評だったけど、2日連続深夜までかかった。

  PowerPointは、パソコンのバージョンが統一された関係で、テキストも変更。
  そこで構成を考え直すことに――ということは、PowerPoint応用編も考え直す羽目に。

2度目にして最後の山場、秋は――
  一連のExcelやらAccessやら。でもこれはまあね、と思ったけれど・・・・・・
  自分の状態が悪すぎた。モチベーションが恐ろしい低空飛行。

  ラスト、怒涛の企業研修週間は、Accessの応用があるし、VBAの応用があるし、
  JavaScriptがある! どれもホントはわたしなど能力不足。
  で、まあ、本当にドキドキ、ハラハラだった。

  そして――○○障害(伏せます)の難しさを考えさせられる出来事いろいろ。
  今までこの障害の人に苦労したことなかったので、たかをくくっていた。
  んーー・・・・・・ なんかいろいろあった。

ちょうど時代の転換期だったのか、あれもこれも変更が必要だったり、
もっと障害に対する知識(とそれに基づく理解)が必要だと思い知らされたりして、
バタバタと過ぎて行ったのでした。

自分のモチベーションというか、気持ちは全然上がらないけど、
追いまくられてその日暮らしみたいに、なんとか必死で準備して間に合わせてる感じ。

そういうときに、職場Βの仕事もなんだか「この間まで暇だったのに」という風で、
ちょうど重なって大量になりました。
秩父も毎週行ったし、いっぱいいっぱい。

でもそれはそれでありがたいんです。
わたしは気持ちに余裕があったって、追い詰められないと腰が上がらないことが多いので、
こういうリミットとか、追われるのが必要なんです。

おかげで、思い返してみれば、職場アルファも頑張ったな、
それなのに職場Βもちゃんとこなしたな、
合間には職場Cで、今年から新しいテキストも使ったな、
(&札所を回って御開帳も見たな)
と、それなりに自分はよくやったのではないかと思えます。

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さて。そんな秋が終わりました。

職場Αでのわたしは本当に脇役で、でもそれが気楽でいいんです。
仕事も、ちっぽけだからこそ、あれこれ言われなくて、自分で考えて切り回せるんです。

そんなちっぽけさなので誰も知らないけど、実は10月に満10年になりました。
数えじゃなくて、まるまる10年、職場Αで働いたことになります。

なんかちょっと、自分なりに満足。
よく「来年度はあるかどうか分からない」と言われて、もう終わりかな〜と思ったけど、
2年前くらいから、「ここまで来たら10年を見たいな」とひそかに思ってました。

人知れず、その週末はお酒を開けて一人乾杯。

脇役だから、人の歓送迎会や慰労会や、「飲みたいね!」に駆り出されることはあっても、
誰もわたしのために集まることはありませんが、別に文句も残念な気持ちもありません。
本当に気楽で、それにやりがいを感じられるのもほったらかしによる自由があるからです。

あとどのくらい仕事が続けられるか分かりません。
来年度は「ごめんね、もうこのコースは廃止することになったから」と言われるかもしれません。
自分が急に病気になるかもしれません。

でも10年続けられたから、これから先は行けるところまで行ければいい――
今はそんな気持ちです。

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もっと勉強しなきゃいけないことはある、もっと知るべきことはある、
今は充分でも足りなくなる日も来るかもしれない――

でももうここからは、気負わずできることをできるだけやっていけたらいいな。

10年前と比べて、当然わたしも多くを知りました。
ExcelとかVBAとか、そういうパソコンのこともだし、
障害についてもだし―― もちろんほかの人と比べたら少ないけど。

ここまできてやっと、自分のことを「素人」と思わなくなりました。
パソコンも「素人に毛のはえた程度」と思ってきたし、
障害や福祉に関しても「ド素人」と思ってきたけど、
さすがに「ド」がつく素人ではなくなったかな、と。

上を見たらきりがなくて、そういうすごい人たちとは比べ物にならないけど、
たとえば職場Βの隣の席にいる天然社員さんと比べたら、わたしは障害者について知っている――
仕事で使ってる人たちのPC知識はわたしよりすごかったりするけど、でもわたしは仕事柄、幅広くまんべんなく知っている――

10年を過ぎて、ちょっといろいろ集中してやってみたいことがあります。
秋の山場も終わったことだし。

そのためにこの冬は、いろんなことを少し冬眠して、
来年以降の仕事のために、あるいは自分の休養のために、集中してみようと思います。


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2014年11月29日

今年のわたし

何年か前にわたしが担当した企業研修コースを受講した人が、
生け花サークルに入っていて、文化祭でそのサークルが展示しているというので、
見に行きました。

一応、知っている人の作品が飾ってあるので、ほかの展示よりゆっくり見て、
運営している方に「体験をしていきませんか?」と誘われました。

用意された花材の中から好きなものを1本選びます。

用意された花器の中から好きなものを1つ選びます。

好きなように花器に花を挿します。

――ただそれだけ。
終わったとき、「綺麗に活けられましたね。花って不思議ですよね。今の気持ちが出ている気がしませんか」と言われました。

そうかも――

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これがそのとき活けた花。

気負っていた感じ。
その年は、いろんな意味で気負っていたかも。

なんていうか、上昇気流に乗りたいような、でも乗れないんだけど、でも乗りたいような。
何の上昇気流かっていうと、特に何でもないんだけど、そういう気負いがあった気がします。

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その翌年、活けた花。
この頃から、花器はペットボトルになりました。
その代わり、持って帰れます。

余計なものをそぎおとしたい――というか、そぎ落とさざるを得ないというか。

あれこれ考えている余裕がなくて、とにかく三歩先くらいを見て、ただ歩いていく。
過去を振り返ったり、だいぶ先の未来を思ったりする余裕がなくて、
明日とか明後日とか、ただ少し先の足元だけを見ていたような。

そういう気持ちの時期だった気がします。

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ここに寄れなかった年が2年あって、今年の花。

全部菊でしたが、これに一番心惹かれました。

まず、一輪二輪のスッキリしたものより、たくさん咲いているものに惹かれました。
白などのスッキリした色より、華やかな色合いに惹かれました。

最後に同じこの菊だったけど、2本、決めかねて――
「色はこっちのほうが好きだけど、こっちのほうがたくさん花がついてて賑やか」
とこの1本にしました。

今年の前半はあまり調子がよくありませんでしたが、
後半になって、少しやる気が出たんです。いろいろなことにです。
――仕事もただ目の前のことをこなしていただけだったけど、頑張ろうと思えたり。

たぶん、そういう年齢なので、ホルモンバランスも乱れているのだと思います。
だからうつっぽい状態から抜け出せないのではないかと推理してます。
もう更年期世代です(母も早くて、長かったので)、そして気分のほうに大きく影響が出始めているのだと思います。
去年と今年は、どうがんばっても気持ちが上向きませんでした。持て余すばかり。
秩父連発は山が多かったりしたせいか、いい具合に効いて、ちょっとだけ憑き物が落ちたような感じなんです。――要するに普段が運動不足なのかな。

まあたいしたやる気ではないのですが、ほんの少し、ふっきれたり、落ち着いたりしたような。

そして、自分の力を発揮したい気持ちになりました。
仕事に関してはΑでもΒでも脇役のわたしですが。
わたしに求められ、そして自分もそのほうがいいと思っている「調和」とか「気遣い」とかに疲れたことも理由です。
もっと自分でもやってみたくなった――中央で踊る人の横で羽根飾りを振って引き立てるだけでなく、
目立たない場所でいいから、自分の踊りを踊ってみたくなったといいますか。

でも、そんなとき秩父でも出雲でも、神様の言葉は――
出過ぎず。人をたてて、自分は控えめに。我を張らず。自分がやろうと思わず。人に感謝。

3つ引いたおみくじが、どれもこれもそういう内容って、
本当に戒められてるのかな? なんて思うほど。

そんなわけで、何があったわけではありませんし、
これまでとは違って、こんなことやったるでー!ということもないのですが、
これからのせっかくの仕事閑散期、来年度への準備や、自分の勉強や、休養に充てようと思っています。

収入がないと困るので、仕事を休むわけにはいきませんが、
何かに集中してみたいんです。

そんな感じで、ちょっと冬眠しようと思ってます・・・・・・


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2014年08月12日

職場Β、いろいろ

会社って、机が島になっていますよね。
わたしが座っているところは、ある島の真ん中あたりです。
その島は、窓側半分が「華やか舞台の縁の下チーム」、通路側半分が「自由奔放上司チーム」です。

わたしは「自由奔放上司チーム」の端っこに座っていて、
右隣は「華やか舞台の縁の下チーム」のプチプリンセスさんの席でした。

プチプリンセスさん、可愛らしくて、明るくて、
最新話題、流行お店、新規開拓おいしいお店にも敏感な、楽しい方です。
あまりお話する機会はありませんでしたが、拝見しているだけで分かりました。

でも――とてもたくさんのお荷物の一部が、わたしのデスクの引出前に、
毎日のようにはみ出していました。
それに、プチプリンセスさんが「近くに置いておきたい」とおっしゃるゴミ箱が、
わたしのデスクの引出前に置かれているのです。
確かに近くです。隣ですから。それにわたしは毎日はいないので、仕方ないです。
でも引出を使えなくて、ちょっと困りました。

その写真はこちら↓
http://ss1s.seesaa.net/article/372383523.html

ただ、プチプリンセスさん、産休に入られたので、問題は無事解決でした。
戻られたときどうなるかはなんともいえないけど、状況が変わることもありますからね。

そしてこのたび、産休から戻っていらっしゃることになりました!

以前にお話ししたとき、ブロ友さんにもご心配いただきましたが、
状況が変わって、問題は無事に解決しました!!

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わかりますでしょうか?

「自由奔放上司チーム」と「華やか舞台の縁の下チーム」の間に、通路ができたのです。
そしてわたしの机の隣にはデーン!とキャビネットが。

「華やか舞台の縁の下チーム」は、今後も活躍が期待される「ドル箱になってくれ」チーム。
人員が補充され、人数が4人から6人に増えました。
このチームにおもろ系同僚もいるのです。

わたしの隣はアルバイトさんになるのか、それともプチプリンセスさんになるのか、
などいろいろと悩みは尽きないところでしたが、もうどうでもいいです^^
通路が間にあるので問題なしです。
この通路とキャビネット越しにわたしの引出前に何かを置きに来ることは、
いかなプチプリンセスさんといえども、ないでしょう。

また状況が変わって、今度は望まない方向に席替えをする、なんてこともあるかもしれないけど、
とりあえず問題は解消されました^^ やったー!








aap
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2014年05月26日

朝のターミナル駅

新橋への通勤も1年以上となりました。

人がたくさんいる都心への通勤は、やっぱり面倒です。
長くなってくると、今まではしなかったこともするようになりますね。

これまで、人がするのを見ることはあっても、自分ではあまりしなかったこと――

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分かりやすいように、簡単な図を描いてみました。
ターミナル駅のホームのつもりです。

3つの電車が停まっていると思ってください。

わたしは一番右側の水色の電車に乗ってきました。
ドアが開いて、人がたくさん降ります。
出口3の階段は、あっという間にぎっしり人で埋まります。
そうなると、みんなが急いでいて、速足で歩いているはずなのに、のろのろ渋滞になります。

渋滞を抜けて階段を下りきるのに、とても時間がかかってしまうのです。

そこで、隣に停まっている車両のドアが、たまたま左右どちらも開いていたら、
急いで隣の車両に乗り移り、そしてすぐに出ます。突っ切るわけです。
急いで行かなくてはならないのは、乗ったら向こう側が閉まってしまった、となったら、
また戻らなくてはならなくて、まっすぐ出口3に行くよりも時間がかかってしまうからです。

だいたいは、そこで出口2に向かいますが、
ごくまれに、もう1つ隣にもドアの開いている車両があったら、
そこも突っ切って行く猛者もいます。

それはめったにないラッキーな状況なので、開いていたらわたしも行ってしまうかも。

そうまでして急いでも、そんなに時間は変わらないし。
どうせ同じ電車に乗れるし。
山手線なんて、1つ乗れなくてもすぐにまた来るし。

「そこまでしなくても」

と思ってました。

自分が通うようになるまでは。

毎日通うと、やっぱりね――のろのろ渋滞はストレスになります。
すぐに来る山手線も、「この次のじゃ間に合わない」とか「1つ前のほうが空いてる」とか、
微妙な違いがあることが分かってきたりして――

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こんなふうに魔法の扉が開いていたら、ここを行きたくなりますよね。

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電車が行ってしまった後も、出口付近はまだ人ごみなんです。

ついつい横に行きたくなります。

下への階段出口はホームに2つあります。
車両は8両から10両くらい。
前と後ろで同じようなことが繰り広げられているんだろうな、と思います。

でももっと前のほうなら、先頭の地上階出口もあるので、分散されるのかな。

休みの日はやらないけど、朝から職場Βの日は、かなりの確率で横切ってしまいます。
もちろん時間帯によって、隣に電車が停まっていないこともあるし、
扉が開いていないこともあるんだけど。

ああ、自分も慣れてしまったな、と感じます。

それほどたくさんの人がするわけではありません。
わたしは、いつもながらぎりぎりの電車でぎりぎりに行くので、ついついやってしまいます・・・・・・


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2014年05月16日

手話 「シャットダウン」

たまたま、ブログのアクセス解析を見ていたら、
「手話 パソコン シャットダウン」という検索語句がありました。

そんなことをこの日記ブログに書いたかしら?
と思い、自分も検索してみると、「シャットダウンが分からない」などと書かれていて、
まったくお役にたっていませんでした。

わたしもかなりいろいろ困って、特にシャットダウンはいろいろな人に聞きましたので、
どなたか分かりませんが、また検索したとき目にとまることを願って記録しておきます。

当時は聴覚障害の人に出会うと必ず「自分の仕事では、辞典に載っていない手話があって困る、
たとえばシャットダウンが一番困るのだけれど、どうするのですか?」と聞きました。
職場Αの手話通訳さんとチラッと話す機会があったときにも聞いてみました。

当時の結論は、「日常的にも新しい言葉や単語というものがあって、
決まったものとして辞典などに載るまでに時間がかかる。変遷もある。
つまり「シャットダウン」の手話は不明」というものでした。

以下、「こうじゃないかな?」「こうしたら伝わるんじゃないかな?」と教えていただいた手話。
1.指文字で「シャットダウン」としながら、口も動かす。
2.「夜」の手話(日が暮れるようなしぐさのやつ)を使う。
3.「終わる」の手話を使う。

通訳さんは主に1を(2人くらい伺った)、多くの聴覚障害の方が「夜」を、
たまたまあるおひとりの聴覚障害の方が、「自分も知らないけれど、『終わる』で通じると思う」とご意見を
くださいました。

結果として、今わたしは「終了」という意味で「終わる」を使っています。
「パソコン」の手話+「終わる」の手話 が正確なのでしょうが、
「シャットダウン」と言いながら、「終わる」の手話 で済ませています。

指文字の「シャットダウン」は小文字も濁音もあって難しく、わたしには当然ハードルが高いですが、
読み取るほうも面倒なようです。
それから、「夜」の手話より「終わる」の手話のほうが、わかってもらえました。
仕事上、入れ代わり立ち代わりやってくる聴覚障害の方々に、いずれも使ってみましたが、
「終わる」が一番わかってもらえました。

今は、「シャットダウン」と言いながら「終わる」の手話 オンリーです。
ここ1,2年で、これが通じなかった人はいません。(出会いは年に10〜30人程度で多くはないと思いますが、その限りでは誰にでも通じました。)

ちなみにもうひとつ苦労したのは「名前を付けて保存」です。

1.「名前」+「直す」+「保存」
2.「名前」+「変える」*「保存」

手話を使える先生から教えてもらって、どちらも何度も使いました。

わたしなりの結論として、今は、
「名前」  「保存」の手話を
「名前を付けて保存」と同時に口をはっきり動かしながらしています。

どうも「直す」「変える」というのはやっぱり「付ける」とは違うので、
「? 名前を直す??」と混乱を招いてしまうようです。

今ではパソコンも普及しているので、
パソコンを前にして「名前」「保存」とすれば、「名前を付けて保存」だな、
とすぐにわかってもらえます。(前にしていなくても、パソコンの話の中で使うならこれで充分みたいです。)

「上書き保存」は、「うわがき」とはっきり口を動かして「保存」の手話 という簡略版です。
「う」という発音の形が特徴的なので、流れと併せて「上書き保存か」とわかってもらえます。
下手に「上」とかするよりもいいかなと考えて(名前を「付けて」のこともあったので)、
「う」の口の形に頼っています。

Wordはご存じのとおり、「わ」の手話をぐるっと回して、「ど」の手話にもっていく。
Excelは手を「X」の形に動かす。

でもPowerPointはあまり通じません。
いくにんもの聴覚障害の人に尋ねましたが、どうも定まっていないようで、
他の人には通じないことがあります。

1.力こぶで「Power」を表す。
 (力こぶのしぐさのあと、指差すしぐさで「ポイント」をつける、というバージョンもありました。)
2.「P」「P」
3.「Point」ということで、ポイントするしぐさ。(それとも「重要(ポイント)」だったかな?)
4.もうひとつあったけど、忘れてしまいました。

通じないことが多いので、最初は口に頼って、相手の手話を見てから、
それを真似して使っています。

とはいえ、一番通じ易いのは「P」+ 口話 かな、と感じています。

Accessは、「データベース」ということで、「忙しい」と似たような形をしているのを見ましたが、
いまだになんだかよくわかりません。

ちなみに「クリック」は、人差し指を動かすしぐさでわかってもらっています。(空中でします。)
「ダブルクリック」は、人差し指を2回動かすしぐさをします。
「右クリック」は、中指を動かします。
「ドラッグ」は、人差し指で押すようにして、そのまま空中で下におろしています。
―――これで、だいたい伝わりますが、わたしの場合は口も必ず動かしているので、
口話とセットで読み取ってもらっているのかもしれません。

「入力」と言うときは、キーボードを打つしぐさをします。(口も「入力」と動かしています。)
「入る」の手話+「力」の手話 も使ったことがありますが、あまりわかってもらえませんでした。
打つしぐさも百発百中で伝わるとは言えませんが、率としてはこちらのほうが高いです。


タグ:福祉他
posted by Yuki または Sugar A at 23:13 | Comment(0) | Other Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月16日

大雪の翌日

毎日コメントをするようなブロ友さんとの交流では、
わたしだけコメントをいただいて、訪問できないと申し訳ない気持ちになります。
で、最近は「この期間はコメントできないかも」の意味をこめてコメントを閉じることで、
気軽に「今日は行けなかった〜」ができるので、よく閉じるようになりました。
このブログは予約投稿が基本なので、自分が訪問できないようなときも、いつでも毎日、更新なんです。

この週末、実は妹と旅行に行くことになっていて、
「週明けまでコメントできないかもしれません」の表示&コメントを閉じました。

ええ、わたしも半分は「これはヤバいかも」と思ってました。
先週は「今週だったら絶対行けなかったね!」とメールしあいましたが、
「今度の週末も雪だって言ってるよね」となり、そして金曜日はずーっと雪が降ってました。
これは無理かも――

飛行機が欠航の場合は払い戻しになる、ということを前日に妹が旅行会社に確認し、
とりあえず羽田までは行くことにしました。
朝の飛行機で行く予定だったので、妹は始発電車で来るはずで(そして駅までは車で30分)、
わたしと夫は余裕を持って5時20分の電車に乗るはずでした。

雪が積もっていて、駅までがいつもより時間がかかるだろうから、と5時に家を出ました。
ベランダの手すりには30cmはありそうな降り積もった雪!

そして一歩、マンションの屋根から出ると、ズボッ!!!!
ふくらはぎの真ん中より上まで雪に埋まりました。

駅までたどり着けるんだろうか!?

ズボズボ、足を抜き差ししながら、なんとかして歩いていきました。
駅が近くなるにつれ、少しずつ、人に踏まれた後が増えていきました。

でも充分、深い雪で、ラッセルしながら進んでいくような感じでした。

雨はかなり降ってるし、傘をさしながら、ひざ近くまで埋もれる一歩一歩は大変でした。
妹からメールが来た!と思って携帯を取り出したら、そのひょうしにWiiMaxも飛び出したりして、
でも雪の上に落ちても音がしないから、ほかにも何か落としてないかと不安になりながら、
必死で駅までたどり着きました。

電車は止まっていて、いつ動き出すやら知れず。
妹のほうは、着々と都心に向かって進んでいる様子。
――茨城は前日、雨が多かったんですよ。だから積もってもいなくて、強風と雨なのだそうです。
でも東京はもう前日ずーっと雪。先週よりもふかふかの雪でした。

自分が後にしてきた茨城の様子から、「これは大丈夫そう」と思っていたらしい妹、
普通に「秋葉原で降りて、山手線で浜松町に行って、そこからモノレール」とメールしてきます。
「お義兄さんがiPad持っていくなら、私はタブレット持っていくの、重いからやめる」と言っていたので、
電車を待つ間、夫が調べて、わたしが妹に実況メール。

「山手線は止まってるらしいから、秋葉原まで行っちゃうと面倒になるよ。もう北千住は過ぎちゃった? 調べてまたメールするから」
朝早いので、まだネットを見ても正しい情報が載っていなくて、「平常通り運行しています」と書いてある路線も多かったのです。
「京浜東北線も今止まってるみたい」
最初に調べたときは何も情報がなかったけど、山手線が止まってるのに京浜東北が動いているはずはないと何度か見ていたら、そちらも止まっているという情報が載りました。
雪なので、地下鉄系は比較的動いている様子。
「新御徒町で降りて、大江戸線に乗り換えれば、浜松町に行けるよ。大江戸線は遅れてもいないみたいだから」
大江戸線は後からできた路線なので、地下深いところを走っていて、雪の影響を受けないんですね。
それに、地下鉄でも郊外に行くと地上を走るようになる電車は、やっぱり影響を受けやすいですが、大江戸線はオール地下なんです。
で、気づいて追っかけメール 「大門が浜松町だからね」
妹、「ああ、よかった。大江戸線を調べても浜松町なんて通ってないなあって思ってたところだった」

このころにはようやく初電車が動きました。
「とりあえず、保谷車庫から池袋まで各駅停車を運行します。次の運行はいつになるか分かりませんので、この電車をご利用ください」
わたしたちも練馬で降りて、大江戸線で大門に向かいました。

妹とは大門駅で会うことができ、一緒にモノレールで羽田まで行きました。
もうこのころには空港サイトでも、乗る予定の飛行機が欠航だということは確認できていましたが、ここまで来たのでとりあえず向かいました。
せっかく出てきたので、羽田まで行ってごはん食べようよ、と妹も言うので。

それにしてもこの羽田空港へのモノレールはすごいです。
古いモノレールだから、もともと後からできたゆりかもめや多摩モノレールよりも、スピードも速くてなんかすごいんです。(規制がゆるやかだったらしく。後からのモノレールはゆっくりなんですよ。)
この雪の中でもちょっと遅れてるだけで、普通にガタゴト走ってました。

東京オリンピックになったら、違う鉄道を作るような案がちょっと前に出ていましたけど、こんながむしゃら路線、今からは作れないでしょうね。

羽田空港で朝ごはんを食べて、空港内のお店が開くのを待って、あちこちのお店をちょこっと覗きました。
それからちょっと都内で買い物をしたりして、お昼を食べました。
旅行は残念だったけど、楽しかったね、と言って別れました。
旅行のほうは、またどこかで仕切り直すつもりです。たぶん、秋くらいに。

テレビでは見たことがあったけれど、実際に見たのは初めてでした。
空港内で払い戻しや振り替えの長蛇の列に並ぶ人、椅子やベンチや、その他の座れるところで座ったり眠ったりする人、床に座り込む人、国際線のほうでは床に寝ている人も多数いました。

開店の10時を待って座っている間に、たまたま隣に座っていた女性たちは、ツアーで北海道に行くのだそうです。
「添乗員さんがチケットの振り替えなどの手続きはしてくれて、17時の便がとれたので、それで行くことになったんです」

今、まだ10時前。17時までここで待ってるんですか〜 大変ですね。
「14時までの便の欠航は決まっていて、それ以降はまだ決まっていないので、飛ぶかどうかもまだ分からないようで」
妹はフレンドリーです。「何泊ですか?」
「一泊なんですよ。今日もし17時のが飛んでも、向こうに着いたらもう今日は何もできませんよね。
明日は昼くらいの便で帰ることになってるから」
あららら〜

札幌と函館を回るロマンチック街道コースだったみたいです。
それは厳しい旅程になりましたね・・・

わたしはこの冬、「冬って旅行代金が安いところが多いし、いいな!」と思ったのでしたが、その意見を訂正。
12月1月前半くらいまで、ですね。12月でも大雪にならないとは限らないけど、1月2月は台風と同じくらいリスクがありますね〜

海外旅行に行くくらいのゆとりのある人たちが、トイレの前の通路の床でまで寝ているという、なかなか出会えない貴重な体験でした。
もし空港で待たなければいけないことになったら、とにかく飲食店などではなく、椅子の確保が先ですね。
飲食店は食べ終わったら出されてしまうし、出る頃には椅子やベンチは埋まってるでしょう。

なんて、いつ役に立つか分からないような知識を得ながら、羽田空港観光だけして帰りました。
ちなみに、前回妹と羽田空港へ行って写真を撮ったりして楽しかったのですが、
今回はもう何しろ、デッキも閉鎖されているし、飛行機が飛ばないのだから飛行機の写真も撮れないしで、
そういう楽しみはありませんでした。

まあ、夫が気に入っているお店で朝食、妹が行きたいお店を回り、よーじやカフェで休憩、
旅行に行くはずだった土地のアンテナショップに行って、
アンテナショップ横のお店で、行けなかった土地の食材のお昼を食べて、
午後2時半くらいに妹と別れました。

家に着いた妹から、「朝が早くて疲れたし、お風呂に入ってもう寝ちゃおうかな」とメール。
わたしと夫も、お風呂に入って寝ることにしました。

今日は別にコメント欄を開けても問題なくなったわけだけど、なんだかそのままになっちゃいました。

いやー、朝のあの雪は本当にすごかったです。
でも浜松町に着いた頃にはもう、そんな雪深いところはなくなっていたし、
午後に家に帰ったときには、朝の雪はどこへやら、残っている場所でも数センチしか積もっていませんでした。
だけど、あの朝の雪がすごかったことを言いたくて、ちょっと日記をつぶやいてしまいました。
そうしたら、長くなっちゃいました。

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posted by Yuki または Sugar A at 15:28 | Comment(0) | Other Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月31日

TOLOTカレンダー

フォトブックを作っているから慣れていて、
あっというまにできました。
(大量の写真から12枚だけ選ぶというのは、時間がかかりましたが^^; )

最初に12枚選んで、1つのフォルダにまとめておくのがポイントです。
フォトブックと違ってカレンダーは「いったん保存」ができないので、
どれを使うか、あらかじめ選んでおかないと非効率です。

あと、12枚とも横写真、12枚とも縦写真でそろえたほうがいいです。
余白が大量に出ちゃう可能性があるから。
周りに余白があるタイプを選ぶつもりなら、混ぜてもいいかも。
このあたりは、実際にデザインを見て考えたほうがいいと思います。
12種類のテンプレートが並んでいる写真があります。
横写真でいっぱいいっぱいにするとカレンダー部分は小さくなっちゃうし、
写真とカレンダーの比率も好みによるから。
母のはカレンダー部分もある程度大きく、写真も余白を少なくするため、
縦写真で揃えました。
自分のはカレンダーは別にあるから、横写真で写真を大きくして、
カレンダー部分はほんの2行の表示(しかも曜日なし)にしました。
とまあ、こういうことがあるので、デザインを先に決めたほうがよさそうです。

順番も決めておいたほうが早いだろうけど、
12枚しかないので、このくらいはやり直してもそれほど時間はかかりません。

これ、できあがってから記事にしたら、わたしのことです、
「もう今更2014年のカレンダーなんて」という時期になっちゃうので、
今書いておこうと思いました。

注文したのが今日だから、できがりは1月半ばになっちゃうかな、と思いますが、
まだそのくらいならね^^


https://tolot.com/calendar/


posted by Yuki または Sugar A at 15:00 | Comment(4) | Other Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月23日

わたしにとっての2013年――というより、年末

■祖母の百箇日、11月30日でした。
妹が仕事帰りに拾ってくれるはずで、待っている間の駅スタバ。
クリスマス仕様でした■
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今年一番大きな出来事は、やはり祖母がいなくなったことでした。

何をするわけでもなく、ほとんどの時間を横になっていた晩年でしたが、
存在しているだけで大きかったのだな、と思わされることが後になって出てきました。

母にもいろいろと気持ちの変化があったようで、
10月は妹ともうまくいっていましたが、11月はひどかった様子。
妹、家を出て一人暮らしをしようかと考えたほどだそうで――

お願いだから妹にストレスをかけないで!と思うけど、あまり役に立たないわたし。
母は気持ちの波が激しい人ですが、今までその波を祖母がかぶってくれていたんだな、と
妹もわたしもつくづく思いました。


■この日コーヒーでなく紅茶にしました■
1321_052.jpg

12月は暇になるはずでした。
でも職場Αが入りました(これはありがたいこと)。
職場Βが急にあれこれ展開しました(これは「えー?」ということ)。

職場Β(の自由奔放上司)がバタバタと「この日は空いてるかしら?」「ここに何々があるんですよ」と言ってきて、
さらにもともと1日だけ入っていた職場Cを避けて、職場Αの仕事は年末にしてくれました。
事務の方Aさん、本当にありがとうございます。

職場Βはバタバタと休めない仕事が入った上に、
単発派遣さんがやってきてするはずだった仕事が、体調を崩して休んだり、
そもそも思ったより分量が多くて、休みがなくても契約期間内に終わるかどうか危ぶまれたり、
それがわたしにも津波となって襲ってきて、「Sugarsweetさんが手伝えるとしたらどのくらい?」となりました。

自由奔放上司、あまり整理整頓が得意なほうではないので、
こういう話し合いはたいていごちゃごちゃして、何度話し合ってもうまくいかないことがあります。
「代わりの人を入れる」とかも言い出して、その人を1週間頼んで、
業務が終わってしまったら、わたしの仕事を手伝わせるという話も出ました。

嬉しい話に見えます?

代わりが入らないなら、わたしはいっぱいいっぱいを越えて、物理的に不可能です。
プライオリティの低い業務の締め切りを大幅に遅らせてもいいですか? という話になります。
残業残業して、それでできるのがここまで、ほかの業務はこの日くらいまでかかりますが、どうしますか? という話。

1週間も代わりの人が来て、わたしの仕事を手伝ってくれたら、
わたしの本来の業務も早く終わってしまいます。たぶん相当早く終わってしまうでしょう。
じゃ、わたし、仕事が全部終わってしまったので、出勤予定だったこの日とこの日とこの日と、この日も休むことにします。という話。

収入予定という意味でも、日程の予定という意味でも正反対なんです。

そういう相談をあれこれした挙句、単発派遣さんは最後の2日、
体調が悪化したとかでまた休み。
あわててやってきた派遣会社の営業、わたしが事情を聞きたくて話しているとき、
自由奔放上司が悠々と登場(フレックスな部署になったので、定時には絶対来ません)。

この土壇場になったら、自由奔放上司、すぐに明言。
「もともと3週間という予定でお願いしているので、その予算しかないから、別の人を頼むとしてもあと3日だけ」

そうなんですか!?
前に「1週間頼む」とか言ってましたよね? それでこちらは振り回されているのに。
分かった時点で「予算の都合で○日しか頼めない」と言ってくれていれば!

でも自由奔放上司に悪気はありません。
相談したら、「大丈夫よ、何か仕事はあるから、別の人がSugarsweetさんの業務を手伝っても、ほかの仕事をお願いするから」と言ってくれるでしょう。
そしていざそのときが来たら、「天然社員さん、何かSugarsweetさんができる仕事ある? いずもっこさん、何かSugarsweetさんができる仕事ある?」となり、
「そんなの、わたしが手の空いた時間にやるくらいで終わるわけないじゃん!」という業務を押しつけられるか、
何もすることがなくて、居心地悪く何日か過ごすか(で、結局は休む)――


■駅でどこかの教会の人が宣伝がてらキャロルを歌ってました。
ア・カペラなのにとても上手!
スタバに座ってクリスマスミニコンサートでした■
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「年末のご挨拶に」と派遣営業がやってきたとき、
わたしはつい、「今月はちょっと大変でした」とこぼしてしまいました。
営業さんは、かつてわたしが自由奔放上司で苦労したときの人とは違います。
変わったんです。というか、出産で休職していましたが、戻ったんです。
前にここでグチったときの人は本来の業務に戻りました。

「Sugarsweetさんは、ご自分で先を考えてリスクマネジメントをされていらっしゃるんですね。
ある意味、それが自由奔放上司様にとっては楽で、全部任せておけばいいとなってしまって、
Sugarsweetさんは頼めばなんとかやってくれるということになっているのじゃないでしょうか」

――その意見は、ほかの人からも言われたことがありますし、
わたし自身も考えて、実践してみたことさえありますよ。
でも結局、それで誰が苦しむかといったら、自分だったのでやめたんです。

「いついつまでに終わらせる必要があるとか、それができるかどうかというのは、
Sugarsweetさんが考えることではないと思います」

――ええ、分かっています。自由奔放上司が考えるべきことだから、
先回りしてわたしが考えるのは、驕ったことだし、職掌を逸脱していますよね。

――でも。このときは思いつかなかったので言わなかったけど、でも。
わたしがしているのは「業務のリスクマネジメント」ではなく、
「自分自身のリスクマネジメント」なんですよ。
先回りしてできないことはできないとなんとか分かってもらったり、
できる分は先に言い出してできるうちに済ませておいたりしないと、
後で自分の首がもっともっと締まるんです。

それは考えすぎだ、後になっても、「やっぱりできませんでした〜」と言えばいい、ということかもしれませんけど、
さすがにそれはわたし自身の気持ちが納得いかず、余計にストレスになるんです。
職場Βには毎日行くわけではないということも関係していると思います。
業務をスッキリさせておかないと、職場Αに集中したいときにも電話がかかってきたりして、
「あれはどうなってます!? あれはどこにあるの!? あれはどこまで進んでた!?」
と気を散らされることがあります。それは嫌なんです。

考えすぎな性格だったとしても、それは直せない。もうこの年だし。
それが責任感などにもつながっているから、無責任にならない程度に先を読むのをやめるなんて、
そんな器用な矯正もできないと思う。

結局、結論は、「この人には分かってもらえない」。
ただ聞いてくれて、助けることはできなくても「そうですよねぇ」と慰めてくれるってこともない。
仕事なんだから当たり前だな。ということに落ち着きました。

文句を言わずにやっていくしかない。

極端な話、これもここで前にグチを言いましたが、
労働法改正によって、実質的に派遣は長く1つの職場で働けなくなりました。
それどころかこの派遣会社の場合、派遣スタッフとの契約自体5年までと修正しました。
だからわたしはあと4年3ヶ月しか、この派遣会社にも職場Βにもいないわけです。

ただ、今年の最後になって、なんだか自分を否定されたように思えて、
ちょっと寂しかったのでここで吐き出しました(笑)


■外に出たら、公園でイルミネーションらしきものをやっていました。
でも魚とか、クリスマスらしくないイルミなんだけど?■
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祖母の百箇日と前後して、父方の伯父が亡くなりました。

その2週間後、もう一人、父方の伯父が亡くなりました。

伯父たちは認知症になっていて、特に後に亡くなった伯父は相当進行していました。

長生きしたいと明確に考えていたわけではないけど、
なんとなくリタイヤ後の生活をどうしたいとか、空想したりします。
でも最近、そういう気持ちが急速になくなりました。

前から少しは、夫や妹が先にいなくなったら、ひとりで毎日を暮らしていけるかな?と
チラッと思ったりすることはありました。
長く生きても、誰もいなくてひとりぼっちだったらな――なんてことも思うし。

それに・・・・・・

祖母はさすがに最後の1ヶ月くらいは混乱して子供に還ったりしていたようだったけど、
ずっと意識ははっきりしているほうでした。
妹とわたしは、「うちは認知症にならない家系なんだ」と思っていました。

でも父方の伯父たち2人は認知症。
年長の伯父は、伯母のことも忘れていて、「おたくは誰ですか?」「早く俺のうちから帰ってくれ!」と始終言うようになりました。
徘徊したり、おむつになったり、介護は大変なのに伯母はひどいことを言われるわけで、
わたしもそうなってしまったら、そういう姿を夫に長く見せたくないように思います。

生き残っている3人の伯母たちのうち、年長の1人はやっぱり認知症です。

父の一家は「太く短く」といった感じで、お酒もたくさん飲んで、
早くに亡くなる兄弟が多かったんです。
だから分からなかったけど、節制した長兄と次兄は認知症に――
女性だからそれほど飲み倒さなかった伯母たちもやっぱりどうやら認知症――

父は早く亡くなりましたが、今にして思えば、
今も健在だったら認知症になっていたのかもしれません。

「私たちも覚悟しなきゃいけないかもね」と妹。

そうだね。


■イルミネーション、なぜか魚の■
1321_058.jpg

もうすぐ年末年始。
夫はまた長く実家に帰る予定です。
わたしは夫ほど長い予定はありませんが、自分の実家に帰る予定です。

ところが義父母が、わたしが実家に帰るのは良くないと言い出しました。
伯父が亡くなったからだそうです。
四十九日が済んでいない場合、亡くなった人が出た実家に帰ってはいけないのだそうです。
つまり、それは夫の一族にも穢れがついてしまうから、というようなことらしいのです。

わたしの身に何かあるということではなくて、自分たちにかかってくることなので、義母は強硬です。
勝手にわたしが帰ったりしたら、自分や義父にもよくないわけですから――

しきたりを大事にする人にとって、「そんなの関係ないじゃない」っていうわけにいかないのは理解できますが、
今年は義父母を尊重することはできません。

祖母がいなくなって初めてのお正月です。寂しいんじゃないかな、と思うから。

夫は、「帰るなって言って、自分だけ実家に行くのはできないから、それなら自分も宮城に行かない」と言ったそうですが、
義母によると「それはだめだ、お正月の準備とか、手伝ってもらわないといけないことがあるから、こっちには絶対来てもらわないと」ということだそうです。
わたしについては「1回くらい行かなくてもいいんじゃない?」と言い、夫には「絶対来い」と言うそうで、
わたしに言わせれば、今年は外すわけにはいきません。そちらこそ「1回くらいいいんじゃないですか? いつもと変わらないお正月でしょ?」と言いたいところです。

夫は「迷信だから何を言っても通じない、内緒で帰るなら、母と妹にも事情を説明して口裏を合わせてくれ」と言います。
義母は面倒な人づきあいは苦手だということで、わたしの実家にもわたしにも連絡を寄越すことはありません。
義父が脳梗塞になったとき、母が見舞いを送ったら、「お返ししたりするのが面倒だからとても迷惑、やめてほしい」と言ったくらいです。
どうせ連絡を取り合うことはないから、別にいいだろうと思いますが、夫は「万が一、何かのときに話が出ると厄介だから」と言います。

でもそれもできません。
そんなこと言われたら、母も妹も「それなら来なくていいよ」と気を遣うでしょうし、
悪いものみたいに扱われていい気持ちもしないでしょうし。

細かいことを言うと、わたしの実家は父の系列ではありません。
なんだか、四十九日が済んでいない家のかまどの火で作ったものは食べちゃいけない、ということだそうなんですけど、
父は婿養子だから、母の家となるのだけど、姓の違う伯父でもダメなの?
それだったら、義母の住む地域の人、めっちゃ広い範囲で禁忌があることになりません?

夫は「それは気づかなかった。聞いてみる」と言っていましたが、
夫も面倒が嫌いなので、たぶん聞かないままでしょう。

なんか、最後に来ていろいろとあった12月でしたが、
最後の最後に非常に気分が悪かったです。
迷信を押しつけられたためじゃなくて、大事な家族は自分たちだけで、わたしは邪魔者でしかないんだなって分かるような押し付けられ方だったから。

このなんとなく嫌な気持ちを、妹にも味わわせるなんて、とんでもない!!

母のことでも、それからラグビー仲間とのことでも、11月12月はストレスがあった妹です。
薬以外に自分たちでできることといったら、
今後強い薬を使うことになっても耐えられる体力を少しでも多く維持することと、
ストレスをためたために大きくなったりしないよう、ストレスレスな暮らしをすること、
そのくらいなんですから。


最後の記事で今年を振り返ろうと思ったのですが、
なんだかいいことがひとつもない日記になってしまいました。
明日と明後日、もう少し晴れ晴れした記事で今年を終わりにします。

26日から仕事はじめくらいまで、長めのお休み、記事UPのみにいたします。
今年もありがとうございました。

2014年もよろしくお願いいたします。


posted by Yuki または Sugar A at 07:00 | Comment(2) | Other Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする